西彼保健所『平成30年度ひきこもり家族のつどい』に参加してきました&アニの『不登校・ひきこもりに対する考え方』

アニです。久しぶりのイベント参加の報告です。

不登校・ひきこもり関係のイベントの場合、けっこうその場の話ってのが多いので、時々「このイベントのは書けないな」というのがあります。

あと忙しかった…ゲームしてたので(笑)


西彼保健所『平成30年度ひきこもり家族のつどい』

今回、参加してきたのは西彼保健所が主催している『平成30年度ひきこもり家族のつどい』です。

登壇者はアニ…。つまり私です。期待させてごめんなさい。

内容は当事者・経験者の体験発表です。本当はそういうご依頼ではなかったのですが、担当者の方とやり取りしている内に、体験発表からの座談会的な感じとなりました。

最初は「3人ぐらいかなー」とか担当者の方と話していたのですが、蓋を開ければ8人ほどの参加でした。家族教室的なイベントとしては多い方ですね。

アニが時間オーバーしたせいで、質疑応答の時間が少なくなってしまいました。参加された方には申し訳ないです。

内容の方ですが、参加された家族の方の話なんかは完全NGですから、そちらはご勘弁ください。

それとアニの体験も、その日参加された方だけが聞けるものですから、こっちもご容赦を。アニのダメさが暴かれます(笑)

ただアニは体験発表の際に必ず「自分の不登校・ひきこもりに対する考え方」を話しています。今回はそちらをお話させてもらいます。


アニの不登校・ひきこもりに対する考え方

アニは不登校・ひきこもり、どちらもやってます。ベテランひきこもりです(苦笑)

そんなひとりの当事者・経験者として、不登校・ひきこもりってこうじゃないかなと思うことです。

「誰も望んでなっていない」

不登校・ひきこもりになるなんて、誰も望んでる訳ないですよね。今は心の整理がついて受け入れていたとしても、悩んでいる時は死ぬほど辛いことです。

当事者はもちろん、親だってそうだし、周囲の人だってそうだと思います。

ただ、どうしても不登校になったり、ひきこもりってしまったり。そうなることはあると思います。

いじめで不登校になったり、パワハラなどで仕事続けられなくなったり、行きたくても行けない人。

何かしらの事情で肉体的・精神的に厳しく、どうしても行けなくなった人。

アニの場合、不登校になったキッカケは小学校の時に「自分って意味のない存在なんだな」と思った時です。

“何となくそう思ってしまった”

これって誰かがどうにかできるものですかね?

世の中には確かに理不尽や不条理が存在します。そして防ぎようがないこともあると思います。

要因・原因は様々でしょうが、“そうならざるを得なかった”というのが、不登校やひきこもりじゃないかとアニは思っています。

「忘れることはなく、一生付き合うもの」

「もう不登校・ひきこもりじゃない」と思っていても、そんな風に見えているだけ、感じているだけで、実は忘れてはいないとアニは考えています。

何事もなく生活をしていても、ふとした瞬間にどうしようもない感情や疑問が溢れてくる。

心の余裕がある時は、上手いこと対処できるでしょう。しかし、こういう感情が溢れる時は大抵辛い思いをしている時です。また、人生のターニングポイントのような選択を迫られる時に、こういう感情を思い出すような気がします。

あと、アニ的には「物凄く前向きに不登校・ひきこもりを捉えている人」「不登校・ひきこもりに関連することを徹底的に避けている人」は、忘れようとして必死にやってがんばっているような気がして、何となく心配してしまいます。

“脱不登校・脱ひきこもり”なんて言葉もありますが、まずそういうのは無いと思います。当事者・家族にとって、不登校・ひきこもりになった事実は変わらないですし、忘れることもないと思います。

上手いこと付き合っていくことを心掛けるのが一番賢い方法かなと、アニは思います。

「答えは自分で求めるもの」

不登校・ひきこもりには正解はないです。

原因・要因も各々違いますし、その適した対処法も各々違います。あるケースの成功は、あるケースの失敗なんてことは頻繁にあることです。

ですが、正解はなくとも、それぞれの答えはあると思います。

では、どのように答えを求めるのか?

それぞれが今の最善を考えて実行し、結果失敗しても教訓とし、そういった繰り返しの上に得られる「自分だけの答え」を求めるしかないと思います。

トライ&エラーは当事者・家族・支援者、誰であろうと一緒です。

ですので、アニは意見を述べる際、正解を殊更に求める当事者・家族の方に対しては「これは僕のケースで、僕の意見です」と必ず念を押します。これは正解ではなく、あくまで参考程度の話だと気に掛けてもらうためです。

また自身の主張を正解かのように話す支援者の方には、懐疑的な目を向けてしまいます。「もしかしたら上手くいかないかも」ぐらいのニュアンスの支援者が安心できます。失敗した時の対処法を用意しているでしょうから。

「今を大切にする/生きるのではなく、死なない努力」

人間、死ぬ時期は分かりません。物凄く長生きすることもあれば、ある日突然なんてこともあります。最近の自然災害とその被害のニュースを聞くと特にそう思います。

アニは、自ら望んで死ぬことはないと思っています。

アニは不登校・ひきこもりの頃「死にたい・消えたい」とばかり考えてました。そんなある日、家族が突然事故で死んで、どうしようもなく人間が死んでしまう事実を突き立てられました。

その時「自暴自棄なって、ひきこもって死ぬより、前向きに自暴自棄になって、何か必死にやって、いつか死ぬのでも良いんじゃないか」と考えるようになりました。

だからアニは生きようと思って生きてはいません。いつか死ぬから、今を死なないでいるだけです。

不登校・ひきこもりであった事実、過去は一切変わらないです。そして、これからどうなるかなんて誰も分からないです。

今だけが自身でどうにかできる余地があります。

何かしたいのであればやればいいし、疲れたのなら休めばいい、遊ぶのも悪くない。今を考えた結果なら、良いことだと思います。

もしあなたが、耐え難い無理を強いられているなら、自分を大切にして逃げてください。逃げるが勝ちもあります。

もしあなたが、どうしようもない困難を抱えているなら、誰かに助けを求めて欲しいです。助けを求めるのは恥ではありません。

もしあなたが、自分の命に見切りをつけようとしているなら、今ではありません。どうしても生きるのが無理なら、とりあえず死なないようにしてみませんか?


…というのが、アニの『不登校・ひきこもりに対する考え方』です。まあ全部話せる時もあれば、ない時もあります。表現が毎回一緒という訳でもありませんが、概ねこんな感じですかね。

さて、明日10月8日は親の会たんぽぽ主催の『答えのないシンポジウム』です。アニも登壇します。こういうことをベースに話させてもらいますので、参加される方はちょっと参考になるかもです。


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