アニが考える『当事者と支援がつながるまで ~適切な支援へつながるためには?~』後編
アニです。
先日『ひきこもり自立支援名目で多額の契約料を支払わせる被害が相次いでいる』というニュースが全国的に流れました。不登校ひきこもり支援に真面目に取り組んでいる方々が多くいる中、支援への信頼を失いかねない危惧すべき事です。
今回のテーマは「意思表示した子どもたちを適切な支援へつなげることができない。」
ニュースの事件は、まさに不適切極まりない支援(支援を語っているだけの団体)につながってしまった故に発生してしまった非常に残念な事件です。
支援者の方なら支援を語る悪質な団体を紹介しないための再確認の機会として。支援を受ける当事者・家族の方などは悪質な団体に引っかからないための心掛けとして。
頭の片隅にちょっとだけ留めながら見て頂けると幸いです。
ちなみにこの投稿は、アニが考える『当事者と支援がつながるまで』前編・中編の続きです。かなり前の投稿の続きで申し訳ないです。
バックナンバーはこちらです。
自殺防止の取り組みで懸念される「3つの危険」(おさらい)
まずは企画のおさらいです。
あるブログ作者が、全国で行われている『夏休み明けの子どもの自殺防止の取り組み』に関して、熱心で善意な取り組みであると称賛しつつも、以下の3点に関して“危険”があると指摘しています。
- 子どもたちに情報が伝わっていない。
- 相談機関など、学校以外の居場所に信頼感がない。子どもたちが自分たちの想いを伝える方法が分からない。
- 意思表示した子どもたちを適切な支援へつなげることができない。
こういった“危険”を支援する側が認識しているか。そこに懸念を持っているそうです。
『自殺防止』に限らず、不登校・ひきこもりの支援ではあり得る話ですので、支援者側もそうですが、アニのような当事者・経験者といった支援を受ける側も認識しておきたい“危険”だと思います。
この3つの危険性をアニ個人の独断と偏見で具体的に分析する企画です。
後編では、最後の「意思表示した子どもたちを適切な支援へつなげることができない」を取り上げたいと思います。
「意思表示した子どもたちを適切な支援へつなげることができない」を具体的に考えてみる
いきなりの禅問答をはじます(苦笑)
適切な支援の“適切さ”を判断するのは誰でしょうか?
当たり前の話ですが、支援を受ける側、当事者・家族です。
では“適切である”とはどんなことでしょう?
当事者・家族が「この支援でよかったな」と実感することです。あくまで主観的なものです。
つまり、支援者側はあくまで支援を提供する側ですから、“適切さ”を判断する側ではありません。
支援者が「こちらの方が適切なのに」と客観的に思っても、支援を受ける側が「そうじゃない」と思えば適切ではありません。逆もまた然りです。
結局のところ、支援を受けた側が「よかった」と思えることが重要なのですから。
“不適切”な支援へつながってしまいやすいケースを考えてみる
今回のテーマ「意思表示した子どもたちを適切な支援へつなげることができない」は当事者・家族が支援の存在を知っており、ある程度明確に意思表示していることが前提のお話です。
支援につながるための行動を起こしている当事者・家族が相談した時に発生する課題です。つまり相談員の側、支援者の側の課題です。
如何にしたら相談者を適切な支援へつなげることができるか。
そこで、ここはあえて”不適切”な支援へつながってしまいやすいケースを考えて、逆説的に考えてみたいと思います。
1:当事者の感情を尊重しない
案外と支援者が無自覚にやってしまうことだと思います。
支援者の側はプロ・アマ問わず支援に対して博識です。
支援者は相談者の相談内容を聞いて、おそらく“合理的”な方法や支援を思いつくでしょう。
しかし“合理的”な方法が必ずしも相談者の感情を尊重したものであるとは言えません。
例えば自立支援や学習支援の場合。
支援者の側から合理的に判断すると、相談ケースの当事者は外出可能な心理状態で、問題なく自立支援を受けられます。
しかし当事者の側は「まだ無理な気がする」「今は関心がない」「正直、その支援は受けたくない」と考えているかもしれません。
これに当事者家族(大抵の場合は直接相談に来ている相談者)の「支援を受けて立ち直りのキッカケを早くつかんで欲しい」という心理が加わると、当事者の感情を無視しやすくなります。
何故なら、家族は基本的に当事者の自立を願って止みません。つまり“前のめり”な考えです。支援者にとって、自分の考えを後押しする意向を家族が提示しやすい立場にあります。
この家族の気持ちという大義名分に支援者が安易に乗ってしまうと「君ならできるし、お母さんも行ってみたらと言っている」と説得する。決して珍しくないことです。
説得の末、当事者は“その気”になり支援を受けるかもしれません。ただ気をつけて欲しいのは“その気”の成り方です。
「相談員の人もお母さんも言っているなら大丈夫かも」と思ってなのか。
「相談員の人もお母さんも言っているから、行った方がいいかな」と思ってなのか。
支援とは結果も重要ですが、過程も重要です。結果は同じでも、過程が違うと結果の質が違ってきます。
仮に結果として当事者が自立支援を受けたとします。しかし前者と後者で雲泥の差があることは明白だと言えます。後者は果たして当事者にとって適切な支援と言えるでしょうか?
この例題の場合、相談を担っている支援者の多くは当事者と家族の意識の違いに気づき、慎重に物事を進めようと考えるでしょう。
しかし支援者も人の子です。相談は精神を疲労させます。日々の疲れから過ちを犯すことはあるかもしれません。
2:地域の社会資源に対する知識がない
社会資源とは支援団体や支援者、その他支援に類することです。この『不登校ひきこもり情報たーみなるinながさき』も社会資源の1つです。
相談者から相談を受け、適切な支援につなげることの前提条件として、当事者・家族などが利用できる社会資源を知っている必要があります。
当事者の自助会、家族会、相談機関、自立支援、学習支援、医療などの支援内容。
支援を行う場所や利用費の有無。
支援を実施する側の社会的信用度。
そして、どのような人が支援者なのか。
社会資源の情報収集は必須事項です。しかしこれが非常に面倒な作業です。
ホームページなどの額面の情報では表面的なことしか分からない。支援者に直接会っても利用者の感想までは分からない(自分にとって都合の悪い情報を伏るのは人情というものです)。利用者から直接感想を聞ける機会はほとんど作れない。風評は不確かな情報も多いなど。
多くの情報を仕入れて、多角的・総合的にその社会資源を評価する必要があります。本当に難しい。
だが、これをやらねば適切な支援かどうか分からない。しかも、どう頑張っても不確定要素は残るのですから難儀な話です。
無償の支援活動(家族会など)での相談で社会資源を紹介することはあるでしょう。それはあくまで個人的な意見に過ぎません。
しかし相談を生業としている支援者にとって、まして他の社会資源を紹介する役目を負った支援者の情報不足は死活問題です。
「相談者は他の社会資源に行って適切な支援を受けたいのに、支援者が知らないばかりに何となく日々の話をして気分を発散し相談はお終い。」
「多くの社会資源を知るのは面倒なので、ごく一部の限られた社会資源へばかり紹介し、適切な支援へつなげた気になっている。」
「何となく大丈夫そうだから紹介した。」
支援者側の怠慢故に陥りがちなケースだと思います。悪質な団体を紹介しないためにも、情報収集は徹底すべきです。
3:偏りのある紹介/自団体への誘導
支援者の皆さんは多かれ少なかれ誇りを持って活動に取り組んでおられると思います。
支援は精神的に厳しく、また金儲けができるような業態ではないからです。自身の生活のためなら他の仕事を選ぶのが賢い選択です。それでもなお支援者になろうと考えるのですから、支援に対して意義と誇りを見出さなければやっていけないと思います。
しかしこの“誇り”は時として過ちの種となります。
自身の支援に対して“誇り”を持っているということは、同時に“正しさ”を信じていることです。それ自体は何ら間違いではありません。
問題はこの“正しさ”を信じているが故に、他の支援と軋轢を招くことです。
不登校・ひきこもり支援の構成要因は多岐に渡ります。支援のジャンル(相談・自立支援・学習支援など)、誰が支援をやるのか、どういった方針でやるのかなど。
「悩んでいる人たちが幸せになって欲しい」という目的は一緒でも、その手法や背景となっている考え方が全く違うというのは、特に福祉系の支援の場では多く見られる傾向です。
そういった多様さが発展的な議論になれば素晴らしいことですが、逆に軋轢になることもあります。
この軋轢が他の社会資源へ当事者・家族などをつなげる際の選り好みになってしまうと、非常に問題があります。
例えば、行政関係の相談機関は「平等」であろうと心掛けています。つまり地域の社会資源全てにとって「平等」であろうと考える訳です。その結果として「同じ行政系の機関を紹介」することによって「平等」を保ちつつ、相談者を次の支援につなげようとする傾向があります。良し悪しは判断できませんが。
また、民間の相談機関(行政の事業委託も含む)の場合、自団体と同じ考え方や親しく付き合っている団体を優先しやすいところがあります。「あまり知らないところを紹介するよりは、懇意にしている団体を紹介した方が間違いがない」と思うのは自然なことです。
流石に「あの団体・あの人は嫌いだから紹介しない」なんて極端な例はないでしょうが、“敬遠”してしまうことはあるでしょう。
特に上記にある社会資源の情報が不足している場合は顕著であると言えます。
更に言うなら、最も安心できる支援のつながり先は“自分”です。“正しさ”を信じる限り「自分たちは間違いをしない」と考える。否定はできないと思います。
他社会資源への紹介を目的としてる相談機関が自団体へ当事者・家族を誘導をしている。なんてことがないことを祈るばかりです。
4:相談の種類が合致していない
一口に相談と言っても様々な内容があります。相談機関によっては内容に適していないことがあります。
つまり相談相手を間違えている場合です。
例えば、学習支援のことを就労支援の相談窓口に相談しても適切な意見はもらえません。
不登校のことを、青年期以上のひきこもりの場で話しても、ピンとくる話を聞けない公算が高いです。
精神的な相談を専らとしている窓口で、就労に向けてのことを話しても難しいところがあります。
こういった場合は、内容に適した他の相談機関を紹介するのが一番です。
相手を信頼して相談しても答えてくれない。相談をしてくれた相手の信頼に応えられない。相談者と相談員双方にとって不幸なことです。
以上、4つの“不適切”な支援へつながってしまいやすいケースを挙げてみました。支援者の側がこうならない心掛けをするだけでも、適切な支援につながりやすい環境作りができるのではないでしょうか?
当事者・家族が相談する時に心掛けること
記事の冒頭にもありますが、支援を語る悪質なケースもあります。それらを避けるためにも、より良い相談相手を探すことは重要です。
探す際、相談する側である当事者・家族などが心掛けることも当然あります。
1:相談相手の得意分野を考える
相談機関によって不得手があることは、上記の内容で分かって頂けたと思います。逆に言えば得意分野であれば有益な情報が得られるということです。
まずは自分が求めている支援、相談内容を整理する必要があります。
考えを整理することが苦手な人はメモを取ることをオススメします。具体的な方法は以下の通りです。
- 今悩んでいることを思いつく限りメモする。※悩み1つを紙1枚に書く。単語帳などが適している。
- 悩みを書いたメモから、類似性・関連性のある内容を最大3グループ(該当しない内容はその他)に分類。
- 分類したグループのメモ内容を精査し、100文字程度でまとめる。
あくまでアニがオススメする方法です。参考までに。自分なりの方法を見つけてみてください。
整理した内容を基に、適した相談相手を選んでください。
2:相談相手の立場を考える
支援する側は立場によって出来ることが違います。以下はあくまでアニの考えです。参考までにお願いします。
行政機関(教育相談など)の場合
上記にあるように行政関係の機関に紹介することは得意です。逆に民間団体への仲介は不得意です。特に営利目的の団体を紹介することは難しいでしょう。
事業委託で運営されている機関の場合
委託事業の内容に即した支援の相談・紹介は得意です。しかし営利目的の団体の仲介は難しいところです。例えば、現状のサポステでは若者への就労支援を行っていますが、業者への直接の就労仲介は行っていません。
民間の非営利団体の場合
比較的自由に相談や仲介が可能ですが、相談員の力量に左右されます。また相談して助言をもらうにしても、基本的には個人の意見の域を出ない話だと思ってください。
民間の非営利団体の中には、本来は営利活動をしている団体(学校法人などが多い)が運営母体であることもあります。当然ですが、運営母体の利益につながる意見を言います。自分のためになるかならないかを上手く見極めてください。
また参考程度ですが、設立年月も注意してみてください。一概には言えませんが、長年(アニ個人の感覚としては10年以上)活動している団体は手堅いです。
3:支援者が陥りがちな過ちを知る
相談員である支援者も人の子です。間違いはあります。それに目くじらを立てるのではなく、少し寛容な目で見ることも円滑な相談のコツです。
ただし、過ちに気づかず省みない支援者には相談しないことが一番です。
上記の『“不適切”な支援へつながってしまいやすいケースを考えてみる』、アニが前に投稿した『アニが考える不登校・ひきこもりの「良い支援者」「悪い支援者」』などを参考にしてみてください。
『アニが考える不登校・ひきこもりの「良い支援者」「悪い支援者」』についてはこちら
4:相談相手のことなんて考えられない人の場合
確かに1人で考えるのは辛いことです。ですので、思い切って相談相手を選ぶため相談をしましょう。本末転倒な話ですが。
支援に関する情報を知っている、個人的に直ぐ会える、信用できるなど。該当する人がいたら良いと思います。
そんな人いないと思う人には家族会がオススメです。世話人の方がおられるので一言声をかけてみてください。必ず何かしらの助言が頂けると思います。
長い文章に付き合って頂きありがとうございました。
当事者・家族の自力によって適切な支援へつながることは非常に難しいことです。
ホームページの管理人としては自己否定になりますが、ホームページなどの額面だけでは支援の実態は分かりません。適切な支援につながるためには専門的知識を持った相談員の存在は欠かせません。
相談員の側は偏見なく支援の実情を知る誠実さ。そして相談する側も相談される側を理解する誠実さ。
相談員と相談者の相互の誠実さが、適切な支援につながる重要な要因なのではないかとアニは思います。
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