『不登校から留学へ ~現役高校留学生のはなし~』に参加してきました!

アニです。

今回は4月25日に開催された『不登校から留学へ ~現役高校留学生のはなし~』に参加してきました。

講演者は牟田万希子さん。中学1年生の時に不登校となった後、14歳からニュージーランドへ留学している現役高校生です。

不登校のこと、留学することになった経緯、ニュージーランドでの学校生活やホームステイのことなど。

牟田さんのお母さんもお話にちょくちょく参加されるなど、終始明るく自然体での講演会でした。

右の健康的で活発そうなお嬢さんが牟田万希子さん。左のむさ苦しいのがアニです。若さに差があります(笑)

不登校から留学へ

牟田さんは中学1年生の途中から不登校になられたそうです。

お母さんが手を摩りながら「手が冷たいね」と言うと、牟田さんが「だって私生きてないもん」と応えたというお話は非常に印象的でした。

そんな中、『親の会たんぽぽ』主催の講演会に参加した時のこと。

講演者の広木克行さん(神戸大学名誉教授)のお話を聞いた時「自分の心を代弁してくれている大人がいる」と感じ、モヤモヤしていた自分がスッキリして、一つの契機になったそうです。

フリースクールに通うようになり、色んな体験をする内に自己肯定感的な感覚を覚えるようになったり。

また、学校へも授業は受けないけど、学校の先生に色々と話をしに行くような生活を過ごしていたそうです。

幸い学校の先生が理解ある方で、登校を促さなかったのでプレッシャーが少なかったのが良かったと仰っていました。後に留学を行う際、推薦状を書いてくれるなど協力して下さったそうです。

留学のキッカケは中学2年生の頃に参加した中村文昭さん(事業家)の講演。

中村さんから「ニュージーランドへ行ってみないか?」と言われ、直ぐに現地の見学に赴き、講演の3カ月後には留学したという早業でした。

ニュージーランドでの生活

留学のエージェントなどの協力を得て、オークランドのグリーンベイハイスクールへ編入したものの、英語が全く話せず、何の授業を受けているかも全く分からなかったそうです。

学校へは片道徒歩40分。もちろんスクールバスはあるそうですが、自然の中を歩いていると気持ちがすごく良いそうです。紹介されていたニュージーランドの写真類を見ると、その気持ちがすごく分かる気がします。

学校の授業も紹介されました。日本とは全く別物、というのは言い過ぎでしょうが、そう思えるほど違う印象を受けました。

「あなたは何をしたいの?」「あなたはどう考える?」

例えば、数学の授業では数式の答えではなく、解き方を重視するそうです。

学校のプリントの写真が紹介されていましたが、公式使って問題を解くのではなく、公式の原理・解釈を答える問題で、牟田さんも「ほんとど国語の問題」と言うぐらいでした。

日本とニュージーランドでは“教えたいこと”が違うのだなと実感しました。

ホームステイ先は最初は日本人のエージェントの方のお宅。今は現地のホストの方のお宅。やはり同国人と過ごしていると母国語で話してしまうので、英語が上達しにくいそうです。

料理はホームステイ先で色々だそうです。インド系のお宅ならカレーばっかりとか。食事は日本で食べるものが美味しいそうです。

他にもオークランドでのランタンフェスティバル(長崎のより大規模)、山登りした時の写真など色々と紹介がありました。

ニュージーランドは多国籍文化と自然豊かな国という印象を強く受けました。

自分に合う道を選び取る

おそらく「自分には留学なんてムリ」という当事者・家族の方が多いと思います。

確かに留学に際して、語学の問題、留学資金の問題、留学後の問題など。色々とハードルは高いです。

ですが、この講演会は留学をオススメしてる訳ではありません。

牟田さんのお母さんの言葉を借ります。

「別に留学を奨めている訳ではない。身近なことからでもやれることはある。ただ、親から離れるのもキッカケとしては良いんじゃないか?」

「どうせ無理と思わずに本気でやってみる。すると意外な手助けがある」

あくまで一つの選択として、牟田さん自身の体験「留学」を紹介している講演です。

牟田さん曰く「自分の場合は留学という選択を取った。(他の人も)自分に合うものを選び取ってほしい。」だそうです。

 

いかがだったでしょうか?

アニは嫌な大人です。なので、あえて嫌な人間の代弁をします。

「留学なんて、あなただからできたこと」「今は良くても、将来は分からない」「若いからそんな風に思える」「自分に合う道なんてない」

確かにその一面があることは否定できないと思います。

ですがそう思って諦めて生きていると、選択する権利すら得られないのも事実です。

牟田さんのお話を聞くと、親の会の講演会を契機にフリースクールに行くなどしながら自分のペースを掴んでいった経緯が想像できました。

講演会に参加する。フリースクールに行く。授業は受けないけど学校に行く。この時の牟田さんなりの選択だったと思います。

講演会などにも参加しながら情報を収集し、たまたま選択肢として得られたのが「留学」だった。

その時の自分に適した選択をして、着実に手順を踏んでいくと、新しい選択肢にまた出会える。

牟田さんの今の目標は「本を出版する」ことだそうです。

それがどういう結果になるかまでは分かりませんが、アニはその選択をぜひ応援したいなと思います。


この投稿へのコメント

  1. 牟田純子 said on 2017年4月28日 at 10:09 PM

    牟田万希子の母です。

    アニさん、わかりやすくまとめて下さってありがとうございます☆
    そして、温かい目線での言葉をありがとうございます。
    ご理解いただいて嬉しいです。

    娘の不登校の根っこのキーワードとして”自己否定”・”自己肯定”があると思います。

    そして、娘の不登校によって、目を向ける必要があったのが、親の生き方・育ち・ありようだったと思っています。
    娘の不登校がきっかけで、子育て講座に通ったり、心理学的なものを学んだりしました。
    私が自分自身を見つめることになりました。自分では当たり前と思っていたことが、当たり前でなく、ゆがんでいたりしたことに気が付きました。

    そして、ありのままの自分を見つめたり、出せるようになったりしたことで、自分が楽になりました。
    ひいては娘が楽になることに繋がりました。

    娘は、言いました。
    「お母さんが、私の不登校を重く思っていたことから軽く楽になった。そのことを感じたら、自分も楽になった。
    自分が学校に行けないだけで苦しいのに、そのことで親が苦しんでいるのを見ると2倍苦しかった。」

    つまり、親がまず学び、変化した次に子どもの変化が来ました。
    周りの話を聴くと、不登校のこどもをどうにかできないか。と親が悩み、相談をしますが、学びや変化が必要なのは、”親”であるということを体験をもって実感しました。

    娘は,いい子を頑張り続けてエネルギーが無くなりました。
    親である私も,いい子で育ってきました。
    ”いい子”が当たり前でした。
    私は,自分が高校生の頃,”ありのまま””さらけ出す”を求めてきましたが,自分の親が”いい子”を求めるので,枠から飛び出ることができませんでした。
    ”いい子”を見せるためには,嘘もつきました。親に悩みの相談もできませんでした。

    娘の不登校がきっかけで,大人である今ごろですが,だいぶんありのままをだせるようになり,やっと本当の自分の人生が始まったような気がしています。
    娘に感謝しています。
    娘も,今,自分の人生が始まった感じだ~。
    と言っていました。

    苦しい出来事でしたが,幸せを手に入れるために起こったことだったと思っています。
    不登校のおかげで娘と私達家族の幸せな今があります。
    現実を受け止め,解決するためにひとつひとつの行動を積み重ねました。
    行きつ戻りつの頃もありました。
    でも少しずつでも歩み続けました。

    小さなことから大きなことまで
    すべてのことに感謝しています。

    出会った方々
    支えてくださった全ての方々に
    感謝しています。

    ありがとうございました☆

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